靖国神社参拝問題

 2004年の元旦早々、小泉首相が靖国神社参拝をしたというニュースが入って来た。
 当然のことながら、中国や韓国が政府自ら煽った国民の反日感情に配慮するという妙な循環に従い、抗議声明を出した。
 正月早々、売国党にとって、首相の靖国神社参拝は格好の攻撃ネタであり、売国主義者としては、早速的外れな論議を展開させねばならない。
 首相になりたかったが、日本売国党の推薦投票で、堂々ベスト3に食い込むほどの健闘をみせた結果からか、第一党となるには程遠い数の議席しか確保できなかった菅直人民主党代表は、案の上、「首相が個人的な信条を重視するため、中国との関係で国益を損なう結果になっている」などと批判したが、流石である。
 こうでなければ、売国党の投票人気ベスト3にはなれないだろう。
 菅氏は、実証的な史料館ではない「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館」の追悼イベントに参加し、生存者と会見・謝罪し、献花までしていながら、自国の戦没者に対する中国や韓国の内政干渉におもねるようなコメントを発しているのである。
國賊新聞
四号

 靖国神社参拝は、国内的には、政教分離の原則からの是非が論じられている場合があり、連立与党の公明党も「憲法の政教分離原則に反する疑いがある」として、一応、「首相個人の立場のものと思うが」としながら、「誠に残念」とのコメントを出している。
 靖国神社とは何か?と言えば、もともと、1869年に尊皇攘夷の志士らを祭る東京招魂社として創建されたものだが、戦前、戦中に陸・海軍省が所管し、軍国主義の精神的主柱になった。さらに、同神社側の判断で、極東国際軍事裁判でA級戦犯とされた東条英機・元首相らを合祀した。
 創価学会を支持団体とする公明党が「憲法の政教分離原則に反する疑いがある」というのを訝しく思う人も多かろうが、建前上、公明党は政教分離原則に反する政党ではない。
 しかし、法的解釈はどうであれ、公明党が創価学会の意向を無視できないのは事実である。
 そもそも、創価学会とは、日蓮宗系の宗教団体であり、日蓮宗には、「折伏」というものがある。
 「折伏」の意味は、「自分の宗派に従わない人たちを、説法・祈祷などの力で屈服させること。」とあり、日蓮宗は仏教の宗派の中では格別他派への排他的要素が強く、そのことに怒った織田信長によって開かれた有名な安土宗論で敗北を喫した時、信長に脅されて「今後は、他宗をやたらと攻撃しない」と誓約させられているのである。そのため、仏教用語辞典で「折伏」を引くと、「相手の主張を認めながらも…」などという建前が書いてある。
 しかし、当然のことながら、排他的要素が強い傾向は未だに残っており、創価学会の信者は神社の鳥居をくぐらなかったりするのだ。
 そのような支持団体を持つ公明党が、「政教分離」云々言うのは、単なる支持団体へのポーズであろう。
 靖国神社を初めて公式参拝した中曽根首相は、「戦没者追悼を目的とし、神道形式によらない参拝は憲法に違反しない」との理論武装らしいが、今回の小泉首相も神道形式によらない参拝をしたらしい。「参院選が近づくと、選挙前のパフォーマンスと取られやすい」との意見が自民党内にあったらしいが、そういう意見があること自体、白々しくならないように、選挙前に遺族会の支持を得るためのパフォーマンスを行ったと言えるかもしれない。
 これらが、国内における靖国神社参拝における主要な問題点であるが、売国主義者の中には、本格的な馬鹿が数多く居るために、「軍国主義礼賛」や「軍国主義復活」などと、幼稚な論理展開をしている者も居る。
 靖国神社参拝をした首相の中には、信条として戦没者追悼の気持ちがあったのと、遺族会の支持を意識したというのが本当のところであろう。戦前・戦中ならいざ知らず、現在のような社会的状況下において、靖国神社参拝をもって、日本が軍国主義に走るとは考えられず、そういう短絡した発想を持つ人がどのような思考回路を有しているのか、死後、解剖して大脳を調べた方がいいかもしれない。

 さて、そうなると、中国や韓国の反応である。まず、中国や韓国に非難をしてもらうべく、首相が参拝したことをご注進しなければならないが、それらは朝日新聞、毎日新聞などの売国報道機関が迅速に行っているので心配はいらない。
 北朝鮮には、社民党本部からの連絡も入っているものと思われる。
 売国奴としては、上述したような国内的論議とは全然別に、迅速に中国や韓国の非難に応えるべく、靖国神社参拝を非難しないとならない。
 菅直人氏のように、「国益を損なう」と言って、国益を損なわせなければならないのだ。
 まず、政教分離云々は外国の知ったことではないはずだから、韓国側が駐韓国大使を呼びつけて、「これ以上参拝しないことを強く求め」られる筋合いはないのだ。ないからこそ、売国奴としては、これらの意見に同調しなければならない。
 そもそも、戦没者は理由はどうあれ、「国民を敵から守るため」と戦って死んだ人たちである。それを追悼することについて、日本から金をせしめることしか考えていない国にとやかく言われる筋合いはない。
 流石に売国奴も馬鹿なりに、そのことぐらいはわかるのか、A級戦犯が合祀されていることを持ち出して、靖国神社を参拝することに対しての非難をしている。
 しかし、そもそも、所謂「東京裁判」などという、戦勝国の都合で一方的に決め付けられたA級戦犯なるものが、いかに理不尽なものであるかは、今日では常識となっている。
 関ヶ原の戦いで破れた石田光成は、徳川家康によってA級戦犯とされ、斬首された。極論すれば、太平洋戦争のA級戦犯もこれと変わらない。
 太平洋戦争は、日本が真珠湾奇襲攻撃をしたのが合図になったかもしれないが、その前にルーズベルトが、「戦争をして、日本をやっつけた方が得をする」という「国益」を考えて、さんざん日本を挑発した結果だということは、現代なら誰でも知っている。
 極端な話、原爆投下の後にウルトラ大逆転で日本が勝ったとしたら、(終戦前に没したが)開戦責任者のルーズベルトや非戦闘員である民間人を無差別に虐殺したトルーマンは、間違いなくA級戦犯として処刑されたであろう。
 当時の複雑な状況下で、戦争を避け得たかどうかを考えた上で、戦争を回避できたのに開戦したとしたら、A級戦犯とされた人は、自国民に対して、それなりの責任が無いとは言えないだろうが、開戦するべく挑発していた米国にA級戦犯扱いされるのは、「負けたから」以外の理由がみつからない。
 これらは、まともに歴史を見つめてみれば、誰にでもわかる事実であるが、売国奴なら、自らを棚にあげて、国民を守るために死んだ人々=売国奴と決め付け、中国や韓国に媚びを売らなければならない。ついでにODA利権を獲得するのが上策なのは言うまでも無い。

 売国党最大の支援団体である朝日新聞が、戦前、戦中は景気のいい主戦論を書きなぐっていたのを知る人は多いが、朝日新聞は戦後、「進んでそのような戦意高揚記事を書いたのではなく、軍部の言論統制で…」などと、大嘘の言い訳をしているが、実際は発行部数を伸ばしたいというための大衆迎合記事を進んで書いていた証拠が無数に存在する。
 きっかけは、大阪朝日の紙面での満州事変の扱いが他紙より小さかったため、在郷軍人会の不買運動が続き、部数減少による経営圧迫を恐れたのが、実態であり、軍部の言論統制などが原因ではなかった。
 しかも、敗戦の5日前には、大本営情報局から「戦局は最悪の状態」という表現で敗戦を示唆されていたにも関わらず、終戦前日の8月14日の社説で、
 「敵米英の鬼畜行為は(中略)…今回また広島並に長崎の空襲において原子爆弾を使用して(中略)…彼らが本質的に何らの痛痒も感じない人種であることを思えば、ただこれに対して報復の一途あるのみである」
 と書いているだけでなく、さらに、
 「われらはわれらに与えられた至上命令である航空機増産、食料増産その他の刻下の急務にひたすら邁進すれば足る
 とまで書いているのである。
 つまり、発行部数を増やしたいという目的で、国民の世論を主戦論と導いた上に、政府から敗戦を示唆された後も、主戦論をぶっているのであり、自分こそA級戦犯なのである。
 しかし、朝日新聞は崇高なる売国主義者であるために、終戦前までには国民の戦意を煽っておいて、終戦後は掌を返したように反戦を唱え、自らこそ処刑されてしかるべきところを軍人のみに責任を押し付けて、首相の参拝を中国や韓国にご注進しているのである。
 ここまで徹底した売国主義を持つ支援団体の協力を得ている売国党は幸いである。
 ちなみに、CIE(GHQの民間情報教育局)のB・スミス企画課長執筆による「太平洋戦争史」が、終戦の年の12月8日から10日間に渡って、各紙で連載されたが、これは、米国が自国の立場を正当化するための強制である。
 ここで、南京における「30万人大虐殺」説が初めて国民に喧伝されたわけであるから、売国奴としては、「我々は、中国人を日本刀などで30万人も虐殺したのだから、原爆投下を非難できる立場ではない」と叫ばねばならず、国家を守るために亡くなった軍人に対しては、「戦争なんかしやがって!」と卑しめなければならないので、靖国神社参拝などは、理屈抜きに反対する必要がある。
 その当時の世界情勢を鑑み、先人たちがその生命を持って国家を守ろうとしたことに対して、敬意を表することに対しては、「軍国主義礼賛だ!」と罵らなければならない。

 第一次大戦前に生まれ、第二次大戦に従軍した某英国人が童話に書いたウサギの言葉に、「先人達の贈り物の上で生かされている自分というものをわきまえない生き物は、自分がどう思っていようとも、ナメクジより哀れな生き物である」というのがある。
 つまり、売国奴はナメクジより哀れにならねばならない。売国奴への道は、このように険しいので、真の売国主義者になるためには、相当以上の覚悟と他者犠牲が必要である。

 最後に、読者諸兄に、真の売国奴となるための素質を試すページを用意した。
 
真の売国奴への道



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