ナヌムの家

 國賊新聞では既に幾度となく、売国奴の共通の特徴は馬鹿であることだと述べてきた。
 今回は、売国奴が何故馬鹿でないとならないのかを再検証してみた。

 政治家は直接的な売国活動ができるという利点があるため、売国党員への推薦投票は政治家に集まるのも止むを得ないであろう。
 また、将来の売国奴を育てるという売国奴にとっての明るい未来を得るためには、日教組などの自虐歴史教育も欠かせない。
 さらに、偏向や捏造報道で国民を勘違いさせて、売国活動に走らせる役割を担う売国主義のPRを担当するマスコミの直接、間接的売国活動も重要である。
 国賊新聞はメディアとしての立場から、売国主義のPRに勤める所存である。これまで、朝日新聞や進境著しいTBSから売国主義活動を学んで来たが、今回は小朝日と言われながらも売国活動に勤しんでいる毎日新聞から売国主義を学ぼうとするものである。
國賊新聞
七号

 朝日新聞はその崇高な売国主義に基づいた紙面作りで、売国主義者から圧倒的な支持を受けており、別名アカヒ新聞やチョーニチ新聞などとも称えられている。
 しかし、毎日新聞もなかなか頑張っている。その前身である東京日々新聞が、講談調の野田少尉らの日本刀による100人斬り記事を書いて、南京大虐殺の唯一の実行犯として死刑に追いやったのが、その売国活動の最たる成果であるが、現代においても朝日新聞の珊瑚捏造KY事件のような「嘘八百」記事を書いている。
 やや古くなった話だが、1998年2月4日夕刊の記事を紹介する。

毎日新聞(夕刊) 1998年2月4日 <憂楽帳>
[ナヌムの家]

「好きでやったんだろう」
「売春婦!」
「うるさい、最後まで見ろ!」
 先月14日、東京・中野のBOX東中野で開かれた試写会でとげとげしい、やじが飛んだ。
 韓国の元従軍慰安婦たちの現在を追うドキュメンタリー「ナヌムの家・パート2」が上映されていた。
 やじっていたのは、客席前方に陣取っていた中年の男性2人組だ。会場は騒然となり、収集がつかなくなった。そのとき、会場にいた元慰安婦の女性がすくっと立ち上がって、身の上話を始めた。
 日本軍に連行される前からもつらい暮らしだったこと。父親は酒乱で、よそに女性がいて母親を顧みなかったこと。たまに帰宅すると子供たちに暴力をふるったこと…。
 場内は水を打ったように静まりかえった。さて、くだんの男性はというと。なんと、体をがたがたと震わせているではないか。 「もういい、帰るぞ」
 そのひとは精いっぱいの強がりを吐いて、会場を出ていった。
 友人が「ちょっと感動的でね」と教えてくれた。「ナヌムの家」(パート1、2) の劇場公開は今月14日から。
【佐藤由紀】


 「ナヌムの家」というのは、韓国の「元従軍慰安婦」を名乗る女性たちが、共同生活する施設のことだが、「ナヌムの家」の園長でかつ僧籍にあった慧眞(ヘジン)師が、同団体に勤務していて解雇された呉某という女性に、「慧眞が園長という地位を利用して、97年2月から98年の5月までひと月に2〜3回ずつ性関係を強要した」と韓国性暴力相談所に告発され、世界唯一の「日本軍従軍慰安婦歴史館」が長期休館に入ってしまうことになったのは、韓国民と売国主義者にとっては、まことに残念なことであった。
 慧眞師は記者会見で、「困難な状況下で共に仕事に励んでいて気持ちを抑えることができず、性関係を続けてしまった」などと話したそうだが、慧眞師の方こそ「従軍慰安婦」が必要だったようだ。

 実はこの佐藤由紀氏(の友人?)が観たという1月14日には、試写など行われておらず、公開以前にBOX東中野で試写が開かれたのは、監督と出演者が来日した1月21日だけだそうである。
 日時を誤認したとしても、当日(1月21日)は記事にあるような観客からの野次など一切なかったし、そもそも出演者である元日本軍?「慰安婦」なる女性は上映中、別の場所に待機していたので、会場での身の上話など、はじめからあり得ない話だったそうである。
 つまり毎日新聞は、事実無根の出鱈目記事を掲載するという快挙を行ったのである。
 ここまでして自国を卑しめようとする態度は、まさに売国奴の鏡と言ってよく、毎日新聞を売日新聞と改めてもよいだろう。
 しかし、あまりの嘘八百ぶりに対し、売国活動がバレてしまい、「事実無根」という指摘をされたために、翌日の夕刊で次のような訂正記事を掲載した。

毎日新聞(夕刊) 1998年2月5日 <訂正>

 4日憂楽帳「ナヌムの家」の記事中、BOX東中野で先月行われた試写会でとげとげしいやじがあったとあるのは、一昨年の別の試写会での出来事でした。先月の試写会は平穏に行われました。また元従軍慰安婦の女性が身の上を語ったとあるのは、映画の中のことでした。確認不足のため関係者にご迷惑をかけたことをおわびします。

 一読してわかる通り、毎日新聞は訂正記事でさらに嘘を重ねているのである。
 常識で考えても、一昨年の別の試写会での出来事と今年の出来事を勘違いするような馬鹿はいないだろうし、「映画の中で元従軍慰安婦が身の上を語った」のを「元慰安婦の女性がすくっと立ち上がって、身の上話を始めた」などと「勘違い」するわけなどないので、佐藤記者の友人というのは頭がオカシイのだろうか?
 しかし、佐藤記者は自分じゃなく「友人」のアタマをオカシクしておいたので、このような事実無根の捏造記事を書いた後なのに現在も元気良く記者として売国活動を続けている。
 なぜ日本人として、事実無根の出鱈目な嘘記事を捏造してまで自国を卑下したいのか、正常な神経を持った人間には到底理解し得ない程の自虐行動は、売国奴として立派過ぎるほど立派であるが、売国党への推薦投票では、土井たか子氏らが圧倒的な人気を誇っているためか、国賊新聞7号発行の時点での佐藤由紀氏への投票数は0である。
 さらに、『ナヌムの家』『ナヌムの家U』両作品とも映画の中で、「元慰安婦の女性」が「日本軍に連行される前からもつらい暮らしだったこと。父親は酒乱で、よそに女性がいて母親を顧みなかったこと。たまに帰宅すると子供たちに暴力をふるったこと」などの身の上話を語るシーンは無いという。
 つまり、佐藤記者個人の売国記事だけでなく、新聞社自体が嘘八百の言い訳記事を書くという素晴らしい売国活動をしている点、毎日新聞の「朝日に追いつけ、追い越せ」という売国活動への真摯な取り組みが伺える。
 しかし、「ナヌムの家・パート2」というのが作戦の可能性もあった。正式な映画のタイトルは「ナヌムの家U」であるので、万が一記事が事実無根の出鱈目であることがバレた場合の言い訳として、「あれはナヌムの家Uではなく、ナヌムの家・パート2の話です」と言って誤魔化そうかと考えたのかもしれないという推測もできた。
 自国の歴史をまともに認識できていないはずの毎日新聞が珍しく、伊達政宗が書いた一揆に荷担する内容の手紙が秀吉にバレた際、政宗自身の手紙の鶺鴒型の花押にのみ、針で目をあけていたと強弁し、その深謀遠慮に秀吉が許したという故事に倣ったのかとも思われたが、流石に毎日新聞だけあって、こちらの方は単なる間違いだったらしい。
 なぜなら、「認識不足という次元ではない」、「裏も取らず記事を書くのか」などの抗議や申入書が来たために、言い逃れできないと観念した毎日新聞は、5月8日付け毎日夕刊で、奥武則学芸部長の署名記事「『ナヌムの家』に生きる元従軍慰安婦たち−『憂楽帳』とその『訂正』をめぐって」と題するコラムで、非をすべて認めたのだ。
 やはり、自国の歴史をまともに認識できていないはずの毎日新聞が故事に習った深謀遠慮などできるはずがなく、「ナヌムの家・パート2」の表記間違いは、日頃のいい加減さに起因する単なる間違いに過ぎないことが判明したわけだが、売国奴らしく、見苦しいまでの馬鹿さを晒しているところは立派であった。
 売国メディアが売国活動を続けるためには、偏向報道が必須であるが、偏向だけでは無理がある場合、捏造が必要となる。
 つまり、司馬遷の史記にあるように、「鹿を馬」と言わなければ、売国奴は勤まらないのである。
 史記の記述から「馬鹿」という言葉ができたという説もある。語源の事実は疑わしいが、売国奴が「馬鹿」であるという事実は疑いようもないということがわかる。



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