特攻とテロ(Part1)

 売国奴というのは、ナメクジやウジムシ以下の卑しい人間であるわけですから、真の馬鹿でなければ真の売国奴にはなれません。
 反吐が出そうな卑しい人間になるためには、馬鹿であれば馬鹿であるほどいいわけで、物事の本質を見抜けないようにならなければなりません。
 その典型例がテレビという巨大メディアを使って妄言を吐き続ける売国党員・筑紫哲也氏のアジテージ活動ですが、平成16年9月23日放送の売国アジテージ番組であるtbsの「news23」で、小林よしのり氏よりもゴーマンかますのが得意な田原総一郎氏と「現代テロル考」という題で対談を行い、特攻隊をテロリスト呼ばわりしているという快挙を成し遂げています。
 流石にナメクジ以下の方々らしい立派な売国奴ぶりは売国党員として見習うべき行動であると言えるでしょう。
 この物事の本質を見抜けない馬鹿ぶりが次の内容に含まれております。

筑紫 田原さんと私は、年齢、似たようなところで生きていますけども、そういう人は頑固さを求められているんですかね。
田原 だと思う。僕達はあの戦争を知っている。実は反対はほとんどいなくて、みんな万歳という時代でしたね。で、無残に負けた。あの体験を持っている人間は、ある方向ヘドーツといくのは危ないぞ、ということですね。
筑紫 (僕は)テロリストになる覚悟がなかったが、田原さんは自爆テロをやろうと思っていたのですよね。
田原 特攻隊をやろうと思ってた。海軍がいいと思っていた。どう死ぬのか見事に死のうという話になってゆく。怖いですよ。
筑紫 テロの定義は難しいが、国家そのものがテロ国家になってゆく場合があるじゃないですか。
田原 国家の弾圧によって戦争をしたというが違う。僕らは特攻隊に憧れていましたからね。みんながテロへの憧れをもってしまう危険性があるんですよ。
筑紫 少年時代、それこそ非常に端的に言えばテロリストになろうとしていた。

 この二人のように知識階級ぶった馬鹿だけではなく、テロと特攻を一緒にしている馬鹿が数多くいて、貿易センタービルへのテロをカミカゼアタックなどと書いてあるマスコミなどがありました。
 アメリカのマスコミも貿易センタービルへのテロを「パールハーバー」「カミカゼ」などと言っていましたが、パールハーバー、神風特攻隊は戦艦、軍事施設、B-29などに対しての戦闘行為であり、貿易センタービルへの自爆テロのような民間人を標的にした無差別テロとは本質的に異なるものです。
 物事の本質を見抜けない馬鹿というのは、「飛行機で突っ込む」ということや「自分も死ぬ」という外見上のことだけに囚われて、根本的な部分で異なっていることとの区別ができないのですが、売国主義を広めるためには、このような馬鹿になることが必要です。
 アメリカのマスコミは貿易センタービルへのテロを「パールハーバー」「カミカゼ」などに例えるより、広島、長崎に落とした原爆、そして東京その他の都市への無差別爆撃といった無差別大量殺戮に例える方がまだ…と思いますが、アメリカにとって都合が悪いので、「パールハーバー」「カミカゼ」などに例えているのかもしれません。しかし、流石に売国主義者が多い日本では、自国マスコミが無差別テロと特攻を同列に論じており、その自虐ぶりは流石であると売国主義者から称賛されているわけです。
 このような立派な馬鹿である方々は、戦国時代に敗色が濃くなった時に大将を逃がすために、その兜を借り受けて敵中に突撃した武将と、食い詰め浪人が自分の酒色や快楽のためにやった無差別な辻斬りも同じに見えるのでしょう。

 2ちゃんねる掲示板などでも、そこで紹介されている特攻隊員の遺書などを読んで、
 「9月11日に飛行機でビルに突っ込んだあの方々も彼ら特攻隊員たちと同じ気持ちだったのでしょうね・・・。
 感激です。特攻隊万歳!!」

 さらに、
 「英霊が存在してると勘違いしてる奴が、まだいるのか。
 バカじゃねえのか?」

 などと書いている方が居ましたが、この方こそ、日本売国党にとって必要な社会不適合者と言えるでしょう。
 「霊魂が存在しているかどうか」などという言い方こそが、外見上のことだけに囚われて、根本的な部分で異なっていることとの区別ができない馬鹿である証拠と言えましょう。
 占い、霊魂、超能力といったものは一切信じていない人でも、自らの親が亡くなった時、生前の親不孝を墓前や位牌の前で詫びる気持ちは自然に持っているのが普通で、日本人は宗教心が薄いと言われながらも、自らを律するところが強いのはこういうところからきているかもしれませんが、亡国のためには上記ような卑しい人間が増えることこそ望ましいのです。
 イスラム教の戒律が厳しい要因の一つに、砂漠などでは殺人や強姦を法律で取り締まっても事実上取り締まりきれないという事情もあると言われています。実際、宮嶋茂樹氏の 儂は舞い降りた―アフガン従軍記 上儂は舞い降りた アフガン従軍記 下儂は舞い上がった(アフガン従軍記)を読めば、さもあらんとの思いが強くなるでしょう。
 「神が見てるぞ」と脅さなければ、治安が保てないのですが、タリバンなどは神が見てても“女”を見ると、劣情が抑えられないため、「肌を出している女が悪い」という理屈になるという本末転倒ぶりです。
 そんなわけで酒などを飲んだ日には何をするかわかったものではない−だけでなく、水が貴重なため後で喉が渇く飲酒は戒められているとのことで、酒が醸造されないために、発酵技術が進歩しない=医薬品の開発遅れなどにもつながっています。
 かっては欧米諸国よりもアラブ諸国の方が文化的に進んでいた時代もあったのに、今では逆転されているというのも、それらが無関係であるとは言えないので、欧米諸国に対し「やっかみ」に似た感情を持って居るとも言われます。
 因みに、売国主義者はこの「やっかみ」が特定アジアと日本との関係に似ていることなどに気付いてはなりません。

 日本人は霊魂の存在を否定する人でも「英霊」という言葉を使いますが、それは「英霊」が自らの良心を顧みさせてくれるからでしょう。宗教というのはそういうところから出発しているわけでもあるので、「英霊」や「靖国参拝」などが宗教行為であるのを否定しませんが、日本人は特定の宗教に肩入れせず、タリバンのような戒律を持たずとも十分に自らの理性で心根の卑しい行動をとることを否定しているのですが、表面的なことしか理解出来ない立派な馬鹿である売国主義者は、これらの本質が死ぬまで理解出来ません。なぜなら、馬鹿は死ななきゃ治らないからです。
 また、カルト的妄想で特攻したと言う馬鹿な売国奴の方も居ますが、遺書をみる限りにおいてそのような考えは誤りであることがすぐにわかりますが、立派な売国奴になるためには、そのような誤った考えをそれこそカルト的に盲信すべきでしょう。

 また、911テロの実行犯は死んだら天国へ行って、処女のお酌で、いくら飲んでも酔わない酒をしこたま飲める(どうせ酒池肉林を望むなら、「処女のお酌」などではなく、「非処女のお尺」の方がいいのではないか?また、いくら飲んでも酔わないならノン・アルコール・ビールか麦茶でも飲んでいればいいのでは?)そうですが、この点においても、「祖国のため、家族のため」という自分のためではないもののために死んでいった特攻隊員とは明確な違いがあります。
 残していく自らの妻に対し、「若い身空で未亡人として果てる事は、決して幸福ではありませんから佳き同伴者を求めて下さい。」と言い残して行く隊員と、カルト的に天国での酒池肉林を盲信している輩の行動を同列にする馬鹿さ加減は、その精神面での低俗さにおいて売国奴としてふさわしい資質であると言えましょう。
 狂信的なテロリストというのは、むしろイスラム教の教え自体、「まともに理解もできていない」という指摘もあります。
 テロリストの「天国で酒池肉林」というのは、実体が無い妄想ですが、特攻隊員が守ろうとした「祖国や家族」には実体があり、彼らが守ろうとしたものは現在、我々が住んでいる祖国であり、我々自身であるということを売国奴は理解してはなりません。
 あと、天皇のため云々をもって、戦前の日本や特攻隊員をカルト的に捉える短絡思考の馬鹿も存在しますが、「天皇=神だと思っている人は実際には殆ど居なかったのが実態だったはずだが、僅か数十年前のことでも、後の世になれば正確に伝えられていない」と司馬遼太郎氏が指摘しているように、当時から天皇は国家の象徴的存在だったという側面もあります。
 本当に特攻隊員がカルト的発想だったかを計るのに最も解りやすいのは、西田中尉が山岡走八氏に語った次の言葉でしょう。

 世界最長と言われる小説「徳川家康」の作者・山岡荘八氏は戦争当時、西田高光中尉に、「この戦を果たして勝ち抜けると思っているのか?負けても悔いはないのか?今日の心境になるまでにどのような心理の波があったか」などを質問しました。
  西田中尉は、現在ここに来る人々は皆自分から進んで志願した者であることと、もはや動揺期は克服していることを話しました。
 そして最後に、
 「学鷲は一応インテリです。そう簡単に勝てるなどとは思っていません。しかし負けたとしても、そのあとはどうなるのです………おわかりでしょう。われわれの生命は講和の条件にも、その後の日本人の運命にもつながっていますよ。そう、民族の誇りに………」
 と言われたそうです。

 西田中尉は出撃の2日前、死装束となる新しい飛行靴が配給されると、すぐに部下の片桐一飛曹を呼び出し、「そら、貴様にこれをやる。貴様と俺の足は同じ大きさだ」と言いました。
 片桐一飛曹は顔色を変えて、「頂けません。隊長のくつは底がパクパクであります。隊長は出撃される…いりません!」と拒みました。
 すると、西田中尉は、「遠慮するな。貴様が新しいマフラーと新しいくつで闊歩してみたいのをよく知っているぞ。命令だ。受取れ。俺はな、靴で戦うのでは無い!」と答えたそうです。
  彼がパクパクとつまさきの破れた飛行ぐつをはいて、500キロ爆弾と共に大空へ飛び立っていったとき、山岡氏は見送りの列を離れ声をあげて泣いたそうですが、売国奴になるためには、こういう時にも「で、みごとに戦闘機と燃料と命を無駄に捨ててきたわけですね。」などという卑しい解釈をしなければなりません。
 死装束となる新しい飛行靴を部下に与えたことだけをみても、テロリストの「天国で酒池肉林」という根拠の無い妄信とは全く違った冷静な判断をしていることがわかりますが、売国奴はこの西田中尉でさえも、“処女のお酌で、いくら飲んでも酔わない酒をしこたま飲みたいがために、無垢な一般市民を犠牲にしたテロリスト”と同化させる覚悟が必要なのです。
 勿論、自分自身が一般の人から見て反吐が出るような卑しい人間であることに気付いてはなりません。
 次頁に特攻隊員の遺書とそれに対して、心根の卑しさを丸出しにした解釈を掲載しましたので、立派な売国奴になるためにも是非参考にして下さい。

※戦後、日本の悪口を言うことが理知的で文化人だと思う馬鹿者が多くなりましたが、そういう立派な売国奴の方々は、自国の歴史に誇りを持てなくなったスペインの近代国家としての凋落ぶりを見習おうというのでしょう。実に立派な売国主義者でいらっしゃいます。
 【ある戦争未亡人が詠んだ歌】
 かくばかり醜き国になりたるか 捧げし人のただに惜しまる
 立派な売国奴になるためには、ナメクジ以下のクズとなって、特攻で散華した英霊やその遺族を罵倒し、卑しめなければならない。

天晴れ!筑紫哲也news 23

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