月刊社会民主7月号


「食糧援助拒否する日本政府」

社会科学研究所 日韓分析編集 北川広和


日米首脳会談で食い違い

 四月二五日、ワシントンで開かれた日米首脳会談において、クリントン大統領は、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に食糧支援するよう橋本首相に協力を要請した。これに対し橋本首相は、少女拉致疑惑事件などをあげて慎重な姿勢を示した。会談後の共同記者会見で橋本首相は「人道的に食糧を必要とする北朝鮮の状況は分かっているが、人道的というなら北朝鮮にもやってもらいたいことがある」と拉致疑惑事件などをあげて人道支援を拒否した。

 人道支援に人道問題をぶつけてこれをつぶす行為は、非人道といわざるをえないが、アメリカ大統領の要請を日本の首相が明確に拒否するのはきわめて異例である。なぜ日本政府はそこまでして食糧支援を拒むのか。

進展する米朝・南北間の関係

 最近二、三カ月の間に、米韓両国と北朝鮮との関係改善は大きく進展した。二月一九日、米国務省は世界食糧計画(WEP)を通じて北朝鮮に一〇〇〇万ドルの食糧援助を実施すると発表した。翌二〇日、韓国政府も同様に六〇〇万ドル支援すると発表した。

 三月五日、米韓両国が提起した四者(米・韓・中・朝)協議開催のための合同説明会が、中国を除く三国によってニューヨークで開かれた。説明会では北朝鮮が米韓両国の説明を聞いたうえで、後日、回答すると表明した。これに続いて、七日には米朝準高官協議が同じくニューヨークで開かれた。協議の結果、(1)連絡事務所の設置問題、(2)北朝鮮のミサイル開発・輸出問題、?朝鮮戦争時の行方不明米兵(MIA)問題などについて継続して話し合うことで合意した。三一日、韓国統一院は北朝鮮に対する民間レベルの支援品目にコメも認めるとの規制緩和措置を発表した。

 四月一日、大韓赤十字社は北朝鮮に対する第一四次支援としてジャガイモなど一〇億ウォン相当を送ると発表した。三日、米政府当局者は、アメリカの民間航空機の北朝鮮領空通過を認める方向であることを明らかにした。七日、穀物メジャー、カーギル社は北朝鮮との食糧輸出交渉が合意に達し、近く小麦二万トンを船積みすると発表した。米政府は五〇万トンまで輸出を許可するとしている。一五日、米政府は新たに一五〇〇万ドル分の穀物を食糧支援すると発表した。翌一六日、米韓両国と北朝鮮はニューヨークで準高官協議を再開した。

 五月に入って三日、南北赤十字会談が北京市内のホテルで開かれた。九二年八月以来、四年九カ月ぶりのことである。同会談は五日に再び開かれた。食糧支援問題では最終合意に至らなかったが、対話の継続では合意した。四日、ニューヨークでMIAの遺骨捜索・返還を巡る交渉が行われた。

 このように、食糧支援の実施や四者会談のための準備協議にとどまらず、米朝間、南北間に積極的な対話・交流が生まれている。

根拠のない拉致疑惑事件

 日本だけが取り残されているかにみえる。日本政府はなぜ北朝鮮への人道的な食糧支援を拒んでいるのか。その能力も隣人としての責務もあるのにかかわらず。

 表向きの理由として挙げているのは、少女拉致疑惑事件である。一九七七年一一月に新潟県の自宅近くで行方不明となった一三歳の少女、横田めぐみさんが、北朝鮮の工作員によって拉致されていた疑いがある、というのである。

 しかしながら、拉致疑惑の根拠とされているのは、つい最近、韓国の国家安全企画部(安企部)によってもたらされた情報だけである。つまり、日本政府は何一つ証拠を握っているわけではないのである。五月一日、警察庁の伊達警備局長は「これまでの捜査を総合的に判断した結果、拉致の疑いがある」とする公式見解を初めて明らかにした。「拉致の疑いがある」との表現から、日本政府が何ら証拠をつかんでいないことがうかがえる。実際、日本政府は北朝鮮犯行説を裏づける具体的な証拠を示していない。

 しかも、安企部が提供した情報には、不可解な点がある。

 第一に、情報源とする北朝鮮の元工作員なるものの存在である。安明進という名の工作員について、北朝鮮はそんな人物はいないと否定しているし、安企部も写真の公表を避けている。三月一三日付産経新聞の一面トップには、この元工作員のインタビュー記事が写真入りで大きく出ているが、なぜか顔は伏せたままである。その産経新聞は、元工作員の亡命時期について「九三年九月四日」と本人がインタビューで語ったとしているが、二月三日付の同紙夕刊では「平成六年末」(九四年末)とある。一年数カ月も食い違うのはどうしてなのか。しかも、元工作員は自分が拉致したのではなく、スパイ学校の生徒だった当時、教官からかつて拉致したと聞いたとしているにすぎない。元工作員が本当に存在するのかさえきわめてあやしいと言わざるをえない。

矛盾する証言内容

 第二に、産経新聞に掲載された元工作員の証言内容に不自然な点がある。

(1)工作員の教官が生徒に拉致した際の様子を詳しく語ったとされているが、極秘事項を生徒にペラペラ話す教官がはたして存在するだろうか。

(2)拉致した理由について「迎えを待っている時に顔を見られたので、やむをえず誘した」としているが、少女が行方不明になった時間は「午後六時三五分、すでに辺りは真っ暗」(二月三日付産経)だったのだから、顔を見られたというのはおかしい。また、証言のなかには「船に乗せたら泣きっぱなしで、その時、初めて子どもだと分かった。北朝鮮ではなぜ子供を連れてきたのかとしかられた」とあるが、これでは顔を見られたはずの工作員が少女の顔を見ていないことになり、褄が合わない。そもそも家々の灯りがつき始めた夕方に、脱出を図る工作員がいるだろうか。少女が行方不明となった時間帯に工作員を登場させるには無理がある。


↑流石厚顔無恥の売国奴の鏡↓荒唐無稽というほかないのは?

(3)工作員が北朝鮮で見たという日本人女性は「紺色のスーツ、白のブラウス姿、おかっぱ髪にふっくらとした顔つきだった」としている。何人か見かけたという日本人女性のうち、この女性のことだけ工作員が教官に詳しく尋ね、その姿格好を克明に覚えていたのは不自然である。しかも二〇年もたっているので、何の手がかりにもならないはずのことをなぜ証言しているのか。実はこの姿格好は、行方不明となった少女の捜索写真とよく似ている。これで両手にバックを持っていたと証言したら、写真の説明文にすぎない。日本人女性と少女とをオーバーラップさせようとする作為がうかがえる。そこから証言そのものが創作ではないかとの疑念が生じる

(4)拉致したとする時期と少女が失踪した時期とが食い違っている。少女が行方不明となったのは一九七七年だが、産経のインタビュー記事によると、工作員は「七〇年代初めから中ごろにかけて拉致した」と証言している。これでは少女と拉致女性は同一人物とはいえない。行方不明となった少女は拉致女性ではないことになる(産経は一面の記事では「七〇年代半ば」と書き替えているが)。

 このように産経新聞に掲載された工作員の証言を検討すると、拉致の事実がはっきりするのではなく、拉致疑惑事件が安企部の脚本、産経の脚色によるデッチあげ事件との疑惑が浮かび上がる

新しく考えだされた事件

 第三に、拉致疑惑事件はつい最近考え出されたのではないか。そもそも北朝鮮には日本人少女を拉致する理由がない。一九八七年の大韓航空機爆破事件の際に、犯人とされる金賢姫が「自分は北朝鮮の工作員で、日本から拉致されてきた女性、李恩恵から日本語を習った」と語った。北朝鮮は日本語の教育係が必要だから日本人を拉致したとの説である。

 しかし、これは荒唐無稽というほかない。見ず知らずの日本人を連れてきて、日本語教育係に育てあげることができるのか。その前にまず朝鮮語を教えなければならないという手間がかかる。しかも、北朝鮮には多くの日本からの帰国者がいて、わざわざ危険を犯して拉致する必要などない。

 そこで、今回持ち出されたのが「顔を見られたのでやむをえず」との説である。「船に乗せて初めて子どもと分かった。北朝鮮でしかられた」との証言もやむをえずしたことを匂わせようとしたものと思われる。しかし、先に指摘したように、この二つの点は互いに矛盾している。そこに事件が意的につくられた痕跡をみてとることができる。拉致疑惑事件は、李恩恵事件の撒を踏まないようにつくりあげられたまったく新しい事件なのである。

 二〇年前に少女が行方不明となったのは、紛れもない事実である。しかし、それが北朝鮮の犯行とする少女拉致疑惑事件は新しく創作された事件というほかない。証拠は何一つない事件、本当にいるかはっきりしない元工作員の又聞き証言だけが根拠となっている事件、その証言内容も矛盾だらけの事件、そして新しい意味付与がなされている事件、それが拉致疑惑事件の実態である。拉致疑惑事件は、日本政府に北朝鮮への食糧支援をさせないことを狙いとして、最近になって考え出され発表された事件なのであるる。

なぜ四者協議なのか

 では、日本政府はなぜ証拠もないのに北朝鮮を犯人と決めつける拉致疑惑事件を持ち出して、食糧支援を拒否しているのだろうか。

 その答えは、北朝鮮との関係よりも、むしろ米韓両国が食糧支援に協力的である理由の内に見い出すことができる。米韓両国が国連機関の要請に応えて援助を発表した直後の三月五日、四者協議のための合同説明会が開催された。米政府が四月一五日に追加援助を発表した翌日に、米韓と北朝鮮の準高官協議が開かれた。米韓両国は食糧支援を政治的に利用しているのである。マスコミはその反対に、北朝鮮が食糧問題を政治利用しているかに報じているが、そうではない。食糧難の国に対しては、前提条件をつけずできるかぎりの援助を行うべきである。それが人道援助である。しかし、米韓両国は北朝鮮の食糧難につけこんで、食糧支援と四者協議をリンクさせ、北朝鮮を四者協議の場に引き出そうとしている。

 米韓両国はなぜ四者協議に固執しているのだろうか。北朝鮮は、米韓両国の提案した四者協議に不信感を拭いきれないでいる。なぜ四者協議なのか、納得できる説明を北朝鮮は求めている。それが合同説明会の本来の目的のはずだった。ところが、米韓両国は援助をちらつかせて四者協議の無条件受け入れを迫り、結局、事前協議は結論を導き出せなかった。

 しかし、いまだ休戦状態にある朝鮮戦争を終結させるという目的をまず達成しようとするならば、北朝鮮と米・中の三者会談で済む。韓国は休戦協定に調印していないからである。また、現在の朝鮮半島緊張の当事者同士の対話ということならば、軍隊を駐留させているアメリカと南北朝鮮の三者会談で済む。中国が入る余地はない。さらに、南北間の直接的な話し合いを求めるならば、アメリカを同席させる必要はないし、ましてや中国の参加は必要はない。四者協議の本当の狙いは、朝鮮半島の平和構築ではなく、体制の開放・解体にあるのではないか、と北朝鮮が考えたとしても何ら不思議ではない。

 アメリカの狙いは、北朝鮮のソフトランディングにある。それは、アメリカを一つの頂点とする現在の資本主義体制を北朝鮮に無条件で受け入れさせることを意味している。北朝鮮の人民を救うためでも、朝鮮半島の平和構築のためでもなく、北朝鮮に言いなりになる体制・政権をつくりあげることがアメリカの究極的な目標であり、四者協議はその第一歩にすぎないかにみえる。

支援を政治利用できない日本

 さらに、北朝鮮はもう一点、アメリカに不信感を抱き始めている。日本がアメリカの要請に応じないのは、アメリカの主導性に問題があるからではないか、米朝関係の改善が本当に韓国、そして日本を突き動かすことにつながるだろうか、という疑念である。

 アメリカは日本に対して再三再四、北朝鮮に食糧支援するよう求めた。クリントン大統領だけではない。二月二三日、来日したオルブライト米国務長官は池田外相に食糧支援への参加を要請した。また、三月二九日には訪朝したスティーブンズ米上院歳出委員長ら上院議員一行がわざわざ横田基地で記者会見し、「国際社会が食糧を追加援助することが不可欠だ」と訴えた。四月八日、訪朝したホール米下院議員が都内の米大使館で、北朝鮮への食糧支援を呼びかけた。

 しかし、日本政府はこうしたアメリカの要請を拒否しつづけた。その理由が拉致疑惑事件であった。つまり、拉致疑惑事件は、北朝鮮に向けてよりも、むしろアメリカに向けて、その要請を断るために持ち出された対米用カードとして機能しているのである。

 アメリカが日本に食糧支援を要請するのは、北朝鮮に対する大規模な支援を日本から引き出すことにある。アメリカの国連機関への支援表明は、そのための呼び水でもあった。ところが日本は、アメリカの要請に応えて支援表明したとしても、アメリカや韓国のようにそこに独自の政治的意図を込めることができない。何ら日本にとって利益をもたらすものとならない。それどころか、すべてはアメリカの成果として、北朝鮮に受け取られる可能性が強い。つまり、日本は食糧支援を政治利用できないために、メリットを見い出せないために支援に踏み切れないでいるのである。アメリカが露骨に自国利益優先のアジア政策を展開し始めたことによって、日本政府の主体性なきアメリカ追随外交が、壁に突き当たり身動きがとれなくなったといえるだろう。

 このように食糧支援の全般的な遅れは、米韓両国がこの問題を政治利用していることにとどまらず、政治利用できないほど日本政府に独自の朝鮮半島政策がないこと、さらにこうした日米間に食い違い・対立があることを原因として生じている。マスコミは、朝鮮半島情勢を複雑・不透明にしているのは北朝鮮であると繰り返し指摘しているが、むしろ日米韓の側に内在しているのである。マスコミが報じる一方的な北朝鮮報道に惑わされることなく、日米韓の動向に注意を払う必要がある。朝鮮半島情勢の展望は、みずからの足元を客観的に見据える冷静さのなかから切り開かれるだろう。



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